Essay

装い「マリー・アントワネット・スタイル」、横浜美術館

マリー・アントワネット・スタイル横浜美術館 · 横浜市2026年8月1日~11月23日
画像: 横浜美術館 ジョルジュ・バルビエ《目隠し鬼》(流行年鑑『襞かざりと縁かざり』より)1924年、ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 © Victoria and Albert Museum, London / George Barbier

仕事がぎっしり詰まった日は、絵を描き、文章を書き、ウェブサイトをひとつずつ仕上げていく。ひとつ終わってから次に移り、どれも美しく仕上げたいものなので、一日じゅう、どうすればもっとよくなるかを考えている。夜になると、地に足のついた一日だったと感じる。何も予定を入れない日もある。仕上げるものはなく、誰に見せる必要もなく、私は食事をつくり、食べ、掃除をする。それが終われば、一日も終わっている。

18世紀のフランス王妃マリー・アントワネットにも、こうした二種類の日があった。ただ、彼女はそれを二つの場所で過ごしていた。ひとつはヴェルサイユ宮殿、もうひとつは宮殿の庭園に造らせた村里である。

横浜美術館で開かれている「マリー・アントワネット・スタイル」は、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)が企画した展覧会で、王妃が生きていたころの衣装や宝飾品、食器と、その後の200年あまりのあいだに、王妃から影響を受けた人たちが作ったファッションや作品を見せる。王妃は自分で服を作ったわけではない。それでもその好みはひとつの流行になり、200年以上も続いてきた。ファッションブランドはとくに彼女のスタイルを好み、ディオールもシャネルもこれにならった服を作ってきた。ヴィヴィアン・ウエストウッドには、その名も「マリー・アントワネット」というウェディングドレスがある。

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17歳のときの肖像画が一枚ある。絵のなかの彼女は髪を高く結い上げ、頬は赤みをおび、首にはダイヤモンドのチョーカーを巻いている。ドレスの襟ぐりには、ピンクの花がびっしりと刺繍されている。1773年の絵で、オーストリアからフランスの王太子のもとへ嫁いで3年がたっていた。翌年、夫がルイ16世として即位し、彼女は王妃になった。

画像: 横浜美術館 フランソワ=ユベール・ドルーエ《コートドレスのマリー・アントワネット》1773年、ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 © Victoria and Albert Museum, London

当時のフランス王妃に政治的な権力はなく、求められたのは人に見られることだった。国王の住むヴェルサイユ宮殿では、王妃の起床も化粧も食事も公開の儀式で、いつもそばで誰かが見ていた。だから王妃が何を着るかは、もともと多くの人が気にかけることだった。ただ、王妃が毎日着るものは、慣例として担当の女官が決めることになっていた。マリー・アントワネットは、それを自分で決めたがった。帽子や服飾品を作るモード商のローズ・ベルタンをじかに宮殿へ呼んで相談したので、ベルタンには「モード大臣」というあだ名がついた。王妃の衣装の帳簿には、彼女の言いつけがいまも残っている。一着は夫の瞳と同じ色に仕立てること、もう一着には庭でいちばん好きな花を刺繍すること。人々が王妃をまねて装ったのは、その服を王妃が自分で選んでいたからだと思う。

彼女が王妃だった数年のあいだに、パリではちょうどファッション・プレートが出版されはじめた。最新の装いをした人物を一枚の紙に刷り、手で色をつけたものである。そのため宮廷に入れない人も、新しい髪型や帽子がどんなものかを見ることができた。王妃の選んだ装いはまたたく間に流行し、フランスだけでなく国外の人々もそれにならった。

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彼女の選んだものが、みな肖像画のように華やかだったわけではない。正式な宮廷衣装は、鯨のひげで形を保つコルセットをつけ、スカートをパニエで左右に大きく広げ、うしろには重い裳裾を引く。彼女はこれを好まず、自分の部屋に戻るとすぐに着替えた。ヴェルサイユ宮殿の庭園には、プチ・トリアノンという小さな離宮がある。ルイ16世が即位した年に王妃に贈ったもので、そこでは宮廷のしきたりからしばらく離れ、自分で選んだ数人の友人とだけ過ごすことができた。

画像: 横浜美術館 《ローブ・ア・ラ・フランセーズ(フランス風ドレス)》フランス製、1760年代(1770年代に加工)、ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 © Victoria and Albert Museum, London

のちに彼女は、プチ・トリアノンの庭園の北側に、建築家に命じて村里をひとつ造らせた。まず人工の池を造り、そのほとりに沿って家を建て、完成までに3年かかった。家はどれも田舎家のかたちに造ってある。村里のまんなかを流れる小川には石の橋がかかっている。橋の一方は客をもてなす場所で、そこの水車小屋には水車があるが、水車は飾りにすぎない。農家も外から見れば田舎の家だが、なかには凝った家具が置かれていた。橋の向こう側は本物の農場で、納屋、酪農小屋、羊小屋、鶏小屋があり、いつも世話をする人がいた。この農場は彼女がどうしてもと望んで造らせたもので、子どもたちはここで畑や家畜のことを知った。王妃はこの村里で農婦のまねをしていたと思っている人は多いが、実際には散歩をし、数人の客とささやかに集うために来ていた。

王妃は本来、人に見られる存在である。ところがこの村里は外の人には見えない場所で、入れるのは彼女が招いた客だけだった。ここでは、彼女は王妃でいなくてもよかった。ただ、この簡素な場所を造るには、まず池を造り、3年をかけなければならなかった。そして彼女が村里で過ごす時間が長くなるにつれて、外の人々には王妃の姿が見えなくなり、彼女への批判も増えていった。

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200年あまりのあいだ、どの世代も彼女の物語を語り直してきた。映画やテレビドラマになったものだけでも30本を超える。2006年のソフィア・コッポラ監督の映画『マリー・アントワネット』は、18世紀の宮廷に現代のポップ・ミュージックを流し、テーブルには色とりどりのマカロンやケーキを皿ごとに盛った。映画のなかで王妃が履く靴は、靴デザイナーのマノロ・ブラニクがこの映画のためにデザインしたものだ。この映画はのちにアカデミー賞の衣装デザイン賞を受けた。

日本では、多くの人が漫画で彼女を知った。漫画家の池田理代子は高校生のときに彼女の伝記を読み、いつかその一生を描こうと心に決め、題名まで先に決めていた。それが『ベルサイユのばら』である。1972年に少女漫画誌で連載が始まり、2年後には宝塚歌劇団が舞台にして、観客は500万人を超えた。2025年には劇場アニメにもなっている。漫画には王妃のほかにもうひとり、架空の主人公オスカルがいる。王妃のそばで近衛隊長を務める女性で、横浜のこの展覧会では、そのオスカルが「近衛応援隊長」に迎えられた。

韓国の観客の多くは、劇場で彼女に出会った。ミュージカル『マリー・アントワネット』はもともと日本の作品で、2006年に東京で初演された。2014年にソウルへ渡ったとき、架空の庶民の女性マルグリット・アルノーを主人公にしていた物語は、王妃を中心にしたものへと書き改められた。

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ブランドのデザイナーたちも、王妃のスタイルで新しい服を作ることをたいへん好んでいる。1920年代、パリのデザイナー、ジャンヌ・ランバンは白いイヴニングドレスを作った。ごく薄い布を使い、肩とスカートには色とりどりの絹の花束をあしらい、裾は左右に広がって、マリー・アントワネットの時代のスカートを思わせる。2006年には、ディオールのデザイナー、ジョン・ガリアーノがイヴニングコートを作った。そこには王妃の肖像がプリントされている。

画像: 横浜美術館 ジャンヌ・ランバン《イヴニングドレス「ローブ・ド・スティル」》1922–23年頃、ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 © Victoria and Albert Museum, London

当時の人々は彼女の装いをまねながら、彼女をぜいたくだと言った。この華やかな暮らしぶりのために、のちにあの有名な言葉が生まれた。「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」。民衆に食べるパンがないと聞いたときの王妃の答えだという。

じつは、これは彼女の言葉ではない。最初に出てくるのはフランスの作家ルソーの本で、そこでは「ある高貴な王女」の言葉とされている。その本が書かれたころ、彼女はまだオーストリアにいる子どもだった。彼女はぜいたくだったのか、それとも好きなものにこだわっただけなのか。200年あまりのあいだ、見方はずっと分かれてきた。そのために、王妃の村里は私がいちばん知りたいところになった。家に帰って、誰でもなくていいとき、人はとてもくつろぐ。王妃にもそういう場所が必要だったのだろう。ただ彼女のその場所は、もっとも華やかな宮殿のそばに造られた、ひとつの村里だった。そこにいた彼女こそが本当の彼女だったのかもしれないし、この村里を造ったこと自体が、彼女のひとつの反抗だったのかもしれない。

王妃の村里は、完成までに3年かかった。まず池を造り、そのほとりに沿って家を建てる必要があった。飾らない日が飾らないままに過ぎるには、彼女はまずそれを設計しなければならなかったのだと思う。私の素朴な日々に池は要らない。食事をつくり、食べ、掃除をすることは、いつでもできる。ただ、予定がぎっしり詰まった数週間のあいだは、そのために先に一日を空けておかないと、順番が回ってこない。

あなたにも、ぜひ自分の目で見てほしい。「マリー・アントワネット・スタイル」。

— Yu

マリー・アントワネット・スタイル横浜美術館 · 横浜市2026年8月1日~11月23日

解説カード:ロココ