The Season

台北 冬の展覧会・2026–27年の瀬から春節まで、台北の美術館で

Anthology編集部 ·

Anthology編集部が選び、各館の公式サイトで確認しています。掲載料はいただいていません。 この選集について

開催中

対称、対比、反復。故宮が示す、中国絵画の見かた。

画像: 国立故宮博物院

展示されている《渓山秋色》には、徽宗の花押と「御書」の印がある。ただ、景物の多くは画面の左下に寄せられていて、大きな山を中央に据える北宋山水の習いとは違う。そのため、一般には南宋の作品と考えられている。張択端の名を冠した《清明易簡図》は、明代後期に《清明上河図》をまねて描かれたもので、元代の跋文まで偽作だ。米芾の《雲山煙樹》、夏圭の《長江万里》も、明代の模作と判断されている。

こうした考証は、どれも故宮自身の作品解説に書かれている。展覧会が語るのは別のことだ。「美の原理」、つまり対称、対比、反復、そして画家が点、線、面、色彩、形、空間をどう配したか。故宮によれば、こうした原理は言葉や文化、資料の隔たりを越えて、自分の目で見る助けになる。誰が描いたかは、考証によって何度も書き換えられるかもしれない。墨の点がどう重ねられ、余白がどう雲や霧を流しているかは、いつも画面の上にある。

問いのまま終わる解説もある。范安仁の名で伝わる《魚藻図》は、輪郭線を引かない没骨法だけで描かれ、魚が藻のあいだを泳ぎ、水は澄んで見える。ところが巻末では、魚が一か所に集まって追いかけあい、急に慌ただしい空気になる。そこに別の意味があるのかどうかは、見る人が考えることだと、解説は記している。

展示は宋代から民国までの17点。長さ11メートルを超える《長江万里》、清の丁観鵬が顧愷之を写した《洛神図》があり、最後の一点は張大千の《闊浦遥山》である。

解説カード巻・軸・冊

改修で閉館する前に、台北当代芸術館の最後の展覧会が見つめるのは、美術館そのもの。

画像: 台北当代芸術館(MOCA Taipei)

赤れんがのこの建物は、日本統治時代に建成尋常小学校として建てられ、戦後は台北市政府の庁舎となり、2001年から台北当代芸術館になった。今年で開館25年。2027年からは改修のため3年間閉館する。

キュレーターの林映穎と劉怡均は、ともに館の展覧会部門の職員だ。二人は視線を作品から美術館そのものへ移した。職員の労働、建物の隅、設備が動く音。張欣語は館内のモーター音や電気のうなりを録音し、心臓、肺、皮膚、気管支、神経と書かれた6つのガラス瓶に収めた。瓶を開けると音が流れ出し、ふたを閉めるとまた戻っていく。王詠翔の映像では、だれかが真っ白な壁の穴を静かに埋めている。どの展覧会が終わったあとにも必ずある仕事だ。

林盈潔の《皮克托先生(ミスター・ピクトル)》は、非常口のサインで走っている緑の人を使う。この図案は1970年代の日本で生まれた。廊下とエレベーターのあいだを、その人はゆっくりと動く。職員のようでもあり、観客のようでもある。李奧森は美術館の警備員を4チャンネルの映像に撮り、館内の警備室で時間を決めて上映している。

参加する14組のなかには、日本のアーティスト集団SIDE COREもいる。《KAIROS》は、改修で3年間閉館した横浜美術館を、微速度撮影で記録した作品だ。建物、街と人、そしてグラフィティ、スケートボード、植栽。

解説カード制度批判

北海道の森から大阪・関西万博の大屋根まで、藤本壮介の30年近い建築。

画像: 忠泰美術館

藤本壮介は1971年、北海道に生まれ、深い森のそばで育った。著書『建築が生まれるとき』で、藤本は問う。自然をそのまま模倣するのではなく、自然のように複雑で多様なものを、人はつくれるのだろうか、と。

その建築では、どこまでが内でどこからが外なのか、しばしばわからなくなる。2013年のロンドン、サーペンタイン・ギャラリーのパビリオンは、細い白いスチールのパイプを組んだ格子で、遠目には雲のように見えた。人はその上に座ることも、なかを通り抜けることもできた。フランス・モンペリエの集合住宅「ラルブル・ブラン(白い樹)」では、各戸のバルコニーが枝のように外へ伸びる。2000年、どの建築家にも師事しないまま事務所を開き、青森県立美術館の設計競技案で注目された。

2025年の大阪・関西万博では会場デザインプロデューサーを務め、木造の「大屋根リング」をつくった。一周約2キロで、世界最大の木造建築物と認定されている。万博の会期中には東京の森美術館で初の大規模個展が開かれ、その後、国際巡回が始まった。

台北は巡回の最初の地で、展覧会の構成と設計は藤本自身が手がけた。忠泰美術館(JUT Art Museum)には、これまでの建築模型や設計図、長年書きためた手描きのノートが並ぶ。もうひとつの会場、近くの建国ビール工場の製品倉庫には、なかに入れる1/5の大型模型が置かれている。

解説カード建築模型

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李梅樹、楊三郎、李石樵。キャンバスの外で、三人が台湾美術のためにしたこと。

画像: 新北市美術館

1934年、李梅樹、楊三郎、李石樵は、陳澄波、廖継春、顔水龍らの画家とともに台陽美術協会を結成した。毎年の台陽展は、画家たちが自ら開く民間の展覧会で、官設の台展と並んで開かれた。協会は今年で92年、一度も途切れずに続いている。

1945年の政権交代のあと、三人は多くの力をキャンバスの外に注いだ。李梅樹は1947年から、故郷・三峡の祖師廟の再建を率いた。殿内の壁面や石柱、床を自らデザインし、各地の画家に図案を頼んで石壁に彫らせ、対聯は名家に書いてもらい、伝統的な彩色の壁画のかわりに銅のレリーフを用いた。李梅樹がこの工事に携わったのは36年、亡くなるまでである。

楊三郎は1946年、台陽の仲間とともに省展を立ち上げた。二二八事件後の重苦しい空気のなかで、台陽展は1948年に再開し、楊は公募や審査、賞を通じて後進を育て、60年あまり協会を守った。同じ年、李石樵は授業料をとらない画室を開き、厳しい素描の指導で多くの学生を育てた。李石樵自身も、官展での栄誉を求めることから、しだいに芸術の本質と西洋の近代思潮へと向かっていった。

新北市美術館では、三人の絵画に加えて、手稿、文献、歴史写真、映像資料を展示する。キュレーターは白雪蘭。李梅樹文教基金会、楊三郎美術館、李石樵美術館が協力している。

解説カード台展

まもなく開幕

鄧南光の野外撮影から、AIによる画像まで。台湾のファッション写真。

画像: 国立写真文化センター

張愛玲は「更衣記」に書いた。「わたしたちは、それぞれ自分の服のなかに住んでいる」。この文章は1943年に上海で発表されたもので、まず外国人読者に向けて英語で書かれ、のちに張愛玲自身が中国語に書き直した。国家撮影文化中心は、この一文を展覧会の冒頭に掲げている。

展覧会は二つのフロアに分かれる。3階の〈身上的語言〉は身体と見ることから出発し、2階の〈身上的風景〉は日常の暮らし、社会と文化、デジタル技術へと広がる。35人の作家のうち10人が女性で、作品は初期の写真館の肖像、家族写真、商業写真から、現代美術や人工知能まで及ぶ。

かつての写真学会は屋外で人物を撮り、撮影者は自然光のなかで身体やポーズの見かたを学んだ。鄧南光(1907–1971)は、演出した行楽の場面に女性を置いた。写真は記録と演出のあいだにある。センターは、そこに当時の社会が女性にどんな姿で見られることを許していたかも表れていると見る。荘霊、張良一、林后駿は家族から出発し、世代のあいだの親密さがスタイルの出発点になっている。

別の展示室では、女性の身体がカメラにどう応えるかを扱う。郭英聲の落書きと女性の身体のシリーズは、デザイナー陳季敏の服の着想源となり、郭は陳のブランドJAMEI CHENのクリエイティブディレクターも務めた。会場には陳季敏のスカーフとオーダーメイドの服も並ぶ。写真のなかの図柄が、身にまとえる服になった。

解説カード写真

空間のなかで、音を見えるものにした。坂本龍一の晩年のインスタレーション。

画像: 台北市立美術館

2012年、坂本龍一は宮城県で一台のピアノに出会った。宮城県農業高等学校のピアノで、前年の東日本大震災の津波で水に浸かっていた。坂本はそれを「自然によって調律されたピアノ」と捉えた。ピアノは、人が音を整えるための楽器である。海水に浸かったあと、それは一つの「モノ」に還った。

この考えは、2000年代以降のインスタレーションを貫いている。2007年の《LIFE–fluid, invisible, inaudible...》から、坂本と高谷史郎はくり返し水と霧を用いてきた。2013年の《water state 1》では、展示室の中央に鏡のように澄んだ黒い水盤があり、まわりに大きな石が置かれる。天井の装置が気象衛星の降水データにしたがって水盤に雨を降らせ、音と照明が時間とともにゆっくり変わっていく。

2017年のアルバム『async』は、中咽頭がんの治療を経て発表された作品で、asyncは「非同期」を意味する。のちに坂本と協働者たちは、このアルバムからいくつものインスタレーションをつくり、音楽を空間に立体的に設置した。アピチャッポン・ウィーラセタクンは親しい人たちに小型カメラを渡してそれぞれの日常を撮ってもらい、アルバムの2曲を合わせて《async–first light》とした。

台北市立美術館では、大型インスタレーション7組と、1999年のオペラ『LIFE』の資料を展示する。協働者には真鍋大度、カールステン・ニコライ、Zakkubalanも名を連ね、キュレーターは難波祐子。2024年に東京都現代美術館で開かれたときのタイトルは「坂本龍一|音を視る 時を聴く」だった。

解説カードビデオアートサウンド・アートインスタレーション

アメリカ・トレド美術館のコレクション、印象派から近代美術まで。

画像: 富邦美術館 Facebook

トレド美術館はアメリカ・オハイオ州にあり、1901年、ガラス産業のエドワード・ドラモンド・リビーらによって創設された。富邦美術館とトレド美術館の協働による2つ目の展覧会で、レンブラントからゴヤまでを紹介した前回に続くもの。主催者が発表した作家には、モネ、ゴッホ、ピカソ、マティスがいる。

展示予定のゴッホ《オーヴェールの麦畑と刈る人》(Wheat Fields with Reaper, Auvers)は1890年の作品。このころゴッホはパリの北、オーヴェールに住んでいた。それは生涯最後の2か月だった。画面では一人の男が麦を刈り、麦の束が村と遠くの青い丘へと並んでいく。1935年、トレド美術館はリビーの遺した基金でこの絵を購入した。

マティスの《休息する踊り子》は1940年の作品で、モデルはそのころマティスがもっとも多く描いたリディア・デレクトルスカヤ。トレド美術館の解説によれば、この絵を描いてまもなく、マティスは油彩をはなれ、色紙の切り紙へと向かった。

解説カード印象派

詳細は発表待ち(2026年6月5日の公式発表による)

この選集について:Anthology編集部がこの季節の大型展を選び、会期中も更新しています。すべての展覧会を各館の公式サイトまたは公式発表で確認しており(2026年10月19日時点)、掲載料はいただいていません。会期や料金に変更がある場合は、各館の発表をご確認ください。

展覧会名と会場名の下に、中国語の原文をグレーで表示しています。

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